成長の前提として、最も重要な視点がある。
それは「自責思考」である。
あらゆる経営課題の原因と責任は、経営者にある。
環境のせいでも、他人のせいでもない。
経営者が、自責を忘れると「その場しのぎ」と「言い訳」の経営に陥る。
1節:自責思考の定義
自責思考とは、経営上の結果の原因を、自己の考動に求める考え方である。
「自責で考動することに価値がある」という価値観でもある。
これは、精神論ではない。
論理的な原因分析の方法である。
第2部で明らかにしたように、オーナー型中小企業は個人依存性が高い。
すべての意思決定と実務遂行が経営者に集中している。
したがって、すべての結果は経営者の考動に起因する。
良い結果も、悪い結果も、すべて経営者の考動の帰結である。
これは論理的必然である。
2節:他責思考の帰結
自責でなければ、思考は他責である。
他責思考は、三つの非生産的な帰結をもたらす。
第1「言い訳」
失敗の責任を外部環境や他者に帰属させ、自己を形式的に正当化する。
これは、真因分析に至らないだけにとどまらず、経営者としての信頼性を低下させる。
3Gの人々に負の感情を抱かせることも少なくない。
第2「その場しのぎ」
経営者自身にある根本原因を解決しないため、課題解決は一時しのぎの場当たり的な方法に限定される。
したがって、同種の課題は繰り返し再発し、その都度貴重な経営資源を浪費していく。
これは、貢献度の停滞、つまり「成長の停滞」の原因となる。
第3「組織への波及」
経営者が他責的であれば、従業員は、感化され他責的になるか、あるいは、自責思考の者は去っていく。
個人依存性の裏返しである。
その結果、他責風土が組織全体に蔓延し、自己更新力を失う。
3節:自責思考の効用
自責思考の効用は、上記の他責思考の裏返しである。
経営者自身の考動が根本的原因であることを認め、その改善を進める姿勢は、周囲の信頼を強くする。
また、常に根本的解決に至る自責考動習慣によって、不都合の再発は減少し、経営資源はより有効な施策に投下されることになる。
さらに、リーダーの自責考動が、組織の自責考動となって表れ、その結果「成長が当然」という企業文化に昇華していく。
4節:自責の深層
「天候の良否」「景気の良否」「政治の良否」
経営環境を取り巻くこれらの要因のように、一個人では何ともしがたいものがある。
これらの要因によって、経営は少なからず影響を受ける。
他責思考は、経営課題に対して、これらの要因を「言い訳」とする。
しかし、自責思考は、これらの要因に対する「自己の対応力」を振り返る。
「現象」は、何ともしがたい。
しかし「現象への対応」は、可能である。
「あらゆる経営課題の原因と責任は、経営者にある」と言い切る理由である。
5節:自責思考の合理性
自責思考は、決して自己犠牲的な感情論ではない。
自分の考動と、その結果の因果関係の解像度を高める思考のことである。
つまり「方法論」。
因果関係が明らかになることで、成功の再現確率が高まり、失敗の再発確率を抑制できる。
自責思考は、確率マネジメントにおいて、考動の精度を高めるための合理的な志向である。
6節:自責思考と成長機会
不都合な結果の時、これを受け入れるのは、時に苦しいものである。
しかし、これは逆も真なりである。
自分に起因するなら、自分で解決できる。
仮に、自分一人では解決が困難であっても、誰かの協力があれば突破できるかもしれない。
とはいえ、その協力すら得ることができないときもある。
それも自責である。
他者の協力を得ることすらできない自分のどこにどんな成長課題があるのか。
「成長機会」の到来である。
7節:まとめ
本章の論理を統合する。
- 自責思考とは、経営上のあらゆる結果の原因を、経営者自身に求める考え方である。
- 他責思考であれば、言い訳とその場しのぎの経営をもたらし、成長は停滞する。自責思考は、その裏返しである。
- 信頼を強くし、経営資源は有効活用され、成長が当然という企業文化を育む。これは、成長のための論理的方法論であり、確率マネジメントにおける合理的な選択肢である。
- 経営者自身を含む3Gの持続的幸福のための成長である。
- 幸福は与えられるものではなく、自ら実現するものである。その手段を自責とすることは、必然であろう。
次章では、この自責思考を前提として、自己投資の実践ロジックを整理する。
