様々な経営課題の表層的な現象の根底には、経営者自身の考動における課題が存在する。
課題を解決し、会社をもっと良くするために、経営者は何をすべきか。
その答えは「成長」である。
しかし、その必要性を理解し、能動的に実践している経営者は少数派である。
ほとんどは、様々な経営課題に対峙し、苦悩し、多くの労力を投じ、その結果として受動的に成長している。
様々な経営課題の事後的な対処に多くの労力を投じることに比して、自己の成長によって経営課題の発生そのものを減らす方が、少なくとも精神衛生上は合理的であるのにである。
なぜか。
それは、成長の本質を誤解しているからである。
本章では、成長の本質を論理的に整理し、その必然性を明らかにする。
1節:成長の定義
成長とは「貢献度が高まる進化」のことである。
経営者の貢献度が高まると、会社は成長し、関わる人々の幸福確率が上がる。
つまり、幸福のための手段が成長なのである。
成長とは、利益や規模を拡大することであり、その結果、幸福に貢献できるという考えも一理ある。
なぜなら、そのような「偶然」もあるからだ。
しかし、中小企業の現場においては、利益や規模拡大のために誰かの幸福を犠牲にしている事例が散見される。
したがって、利益や規模拡大より上位の概念で成長を定義しておく必要がある。
利益も拡大も、成長のための手段であり、また、結果であり、決して「目的」ではない。
これが「貢献度が高まる進化」と定義する理由である。
成長への理解を深めるにあたり、この定義を本章の前提として強調しておく。
2節:視点転換(1)MUST動機からWANT動機へ
経営者自身が、持続的に成長するために重要な視点がある。
それは、欲求に基づく動機であり、本稿ではこれを「WANT動機」と呼ぶ。
成長の必要性を感じる経営者は多い。
その動機は、おおむね次のような思考経路をたどる。
「課題を解決しなければならない」
「いい会社にしなければならない」
「いい経営者にならなければならない」
「だから、成長しなければならない」
この思考の問題は、すべてが「義務」として認識されている点にある。
この「しなければならない」という義務感に基づく動機は「MUST動機」である。
MUST動機による自己投資は、長続きしない。
義務感は心理的負担を伴い、その負担が継続を阻害するからである。
では、どうすべきか。
「WANT動機」への視点転換である
人はもれなく「幸福になりたい」はずである。
経営者も例外ではない。
「幸福になりたいから会社経営をしてる」のだ。
これは、経営者にとっての「人生の目的」だ。
「そのために、いい経営者になる」
「そのために、いい会社にする」
これは幸福を実現するための手段である。
「そのために、成長する」
これは手段を実現するための、さらなる手段である。
つまり、論理構造はこうなる。
- 成長する(手段の手段)
↓ - いい経営者になり、いい会社になる(手段)
↓ - 幸福になる(目的)
この構造を理解すれば、成長は義務ではなく、欲求に基づく選択となる。
「成長しなければ」から「成長したい」への転換である。
- 「もっと幸福になりたい」
- 「だから、もっといい会社にしたい」
- 「たから、もっといい経営者になりたい」
- 「だから、もっと成長したい」
このWANT動機は、心理的推進力となり、その推進力が成長のための自己投資の持続を支える。
MUST動機による経営者が感じているの経営の体感難易度や、精神的負担の原因の多くは、この幸福目的と成長の関連性に気づいてない、誤解している、忘れてしまっている、などという共通点が観察される。
自己投資に取り掛かる前に確認しておく必要がある重要な視点である。
3節:経営の原理原則の再確認
第3部で詳述したように、経営の原理原則は「関わる人々の持続的な幸福を目的とすること」である。
関わる人々とは、次の3つのグループ(3G)を指す。
- Group1(社外):顧客、取引先を中心とする社会
- Group2(社内):従業員と、その家族を含む大切な人々
- Group3(自分):経営者自身と、その家族を含む大切な人々
ここで重要なのは、この3つのグループが並列・同列であることだ。
経営者自身の幸福(G3)も、顧客や取引先の幸福(G1)、従業員の幸福(G2)と等しく重要である。
どれかを犠牲にすることは、原理原則に反する。
よくある誤解は二つある。
一つは、G1・G2のために、経営者自身や、その家族たち(G3)までを巻き込んで犠牲にする滅私奉公型の考え方である。
もう一つは、G3を優先し、G1・G2を軽視する自己中心型の考え方である。
いずれも原理原則に沿っていない。
さらに、3Gは相互依存の関係にある。
G1・G2が幸福にならなければ、G3も幸福になれない。
他者を犠牲にした幸福は、負の感情の蓄積により必ず破綻する。
同時に、G3が幸福にならなければ、G1・G2も幸福になれない。
経営者自身が不幸な状態では、正しい考動も、他者への支援もできない。
つまり、3G全体が共に幸福になって初めて、持続的な幸福が実現する。
成長のための自己投資を行うには、この理解とともに、共感が前提となる。
共感が伴わなければ、動機はMUSTとなる。
WANT動機の基盤は、経営の原理原則の理解と共感だからである。
経営者が自己投資によって成長し、自らの幸福を追求することは、義務でも権利でもなく、同時に3Gマネジメントを実現するための論理的必然である。
4節:幸福の二層構造と成長の優先順位
経営の原理原則が目指す「幸福」についても再確認しておこう。
第3部第2章で詳述したように、幸福は最低幸福(不幸の不在)と充足幸福(幸福の拡張)の2層構造である。
持続的な幸福のためには、最低幸福を優先する必要がある。
根底にある負の要素を放置したまま、充足幸福による高揚感で覆っても、幸福は長続きしない。
安心の基盤が安定して初めて、真の充足幸福が成立する。
この優先順位は、成長課題の解決の優先順位でもある。
最低幸福が満たされていない場合、まずそのための成長課題を解決する。
最低幸福が満たされている場合、充足幸福のための成長課題に取り組む。
つまり、成長の優先順位は、幸福の構造が判断軸となる。
5節:視点転換(2)優先的かつ効果的な投資先
2節で示した「WANT動機」の視点とともに、もうひとつ重要な視点がある。
それは、中小企業における「投資先」である。
第2部で整理したように、オーナー型中小企業には構造的な特性がある。
所有と経営の一致。
この構造により、意思決定、組織形成、実務遂行のすべてが経営者個人に集中している。
これを「個人依存性」と呼んだ。
この特性から、論理的に導かれる帰結がある。
経営者が良くなれば、高い確率で会社も良くなる。
会社の最適化は、経営者の最適化によってもたらされる。
中小企業において、会社と経営者は表裏一体なのである。
したがって、経営者にとっての重要な視点は「会社をどうするか」ではない。
「自分をどうするか」である。
第2部で提示した「確率マネジメント」の概念を思い起こそう。
確率マネジメントとは、成功確率を高め、失敗確率を下げるための考動の制御を指す。
その主体は経営者自身である。
経営者の考動の質が、確率を直接的に左右する。
では、経営者の考動をどう最適化するか。
その方法が成長のための自己投資である。
中小企業において、もっとも優先的かつ効果的な投資は、経営者自身への投資である。
そのリターンは、会社の成長であり、その恩恵を3Gの人々が享受する。
つまり、自己投資は次のような因果連鎖を生む。
- 自己投資
↓ - 考動の質の向上
↓ - 成功確率の上昇/失敗確率の低下
↓ - 経営の質の向上
↓ - 3Gの人々の幸福確率の上昇
すべての起点が経営者である。
どれほど優れた設備や人材があっても、経営者の考動に課題があれば、その価値は十分に発揮されない。
逆に、経営者の考動が最適化されれば、限られた経営資源でも最大限の成果を得られる。
つまり、経営者の自己投資は、人生目的の実現確率を高めるための、最も効率的な投資である。
この視点を忘れてはならない。
6節:可能性の確信──成長は可能である
ここまでの論理で、成長の必然性は明らかになった。
しかし、中には次のような不安を抱く経営者がいる。
「自分には才能がない」
「今さら変われない」
「もう年齢的に遅い」
この不安に対して、明確に答える。
完全なる経営者でない限り「成長の余白」は必ずある。
この確信には、論理的根拠がある。
まず、前提を整理する。
経営者の頭が悪いのではない。
頭の使い方が悪いのである。
頭の使い方とは、方法論である。
方法が正しければ、今日の学習と練習によって、昨日よりは上達する。
人は、それを継続する限り成長する。
したがって、頭の使い方は、誰でも改善できるという論理である。
経営における考動の質は、方法論をより正しく実践することで向上する。
知識、情報、フレームワーク、メソッド、ノウハウ。
これらはすべて、習得可能な方法や技能、技術の領域である。
「ある・ない」で語る対象ではない。
「より良い・より悪い」という可変の対象である。
必要なのは、正しい方法と、継続だけである。
正しい方法で、コツコツと継続する。
あえて、必要条件を付け加えるならば「努力の意思」だけであろう。
したがって、断言できる。
正しい方法で自己投資を持続すれば、必ず成長する。
「幸福になりたい」という欲求と、「幸福になれる」という確信。
この二つが揃えば、成長できない経営者はいない。
筆者の長年の経験からの確信である。
7節:現実認識─2つの壁
ここまで「理詰め」で、経営者の成長の可能性を整理してきた。
しかし、残念ながら、現実は理屈通りにはいかないときもある。
経営者の成長を阻む2つの壁がある。
(1)努力が必要という壁
ひとつは、努力が必要という厳しさ。
楽な道はない。
理解するだけでは、何も変わらない。
実践し、継続しなければ、成果は出ない。
知識を得ることは相対的に容易である。
しかし、その知識を考動に転換し、さらに成果に結びつけるのは容易ではない。
持続的な努力が必要である。
成長のための努力、つまり、幸福になるための持続的な努力である。
「分かっているのに、できないこと」を、反復練習で「できること」に変換していく努力のプロセスは、スポーツの世界では当たり前である。
経営も同じである。
この努力をあきらめることは、幸福をあきらめることに等しい。
(2)時間が必要という壁
もうひとつは、時間である。
努力をするための時間。
成果を実感するまでの時間。
特に、多忙な経営者に立ちはだかる壁である。
もし、この壁の前で立ち止まることがあれば、最優先に取り組むべきは「努力の環境整備」である。
つまり、万人に共通に与えられた24時間という経営資源の使い方の改善である。
例えば、毎日1時間をねん出できれば、年間365時間を創出できる。
日々の活動時間を10時間とすれば、約36日分に相当する。
つまり、1年間は、13カ月になる。
この1カ月を、自己投資に向ければ、自ずと努力の効果を実感できるはずだ。
この時間捻出もまた、幸福のための工夫である。
8節:まとめ
本章の論理を統合する。
成長の本質は何か。
それは「貢献度が高まる進化」であり、その目的は「3Gの人々の持続的な幸福」である。
つまり、成長とは、人生の幸福確率を高めるための手段に他ならない。
この論理構造を整理しよう。
- 成長
↓ - いい経営者になる
↓ - いい会社になる
↓ - 3Gの人々の持続的な幸福
WANT動機が、出発点である。
「幸福になりたい」という欲求。
「幸福になれる」という確信。
だから成長したい、というWANT動機。
WANT動機だから、持続できる。
そして、完全なる経営者でない限り、成長の余白は必ずある。
正しい方法で自己投資を持続すれば、必ず成長する。
ただし、現実には2つの壁がある。
努力が必要という壁。
時間が必要という壁。
この壁を乗り越えるために、経営者に必要な前提がある。
それが「自責思考」である。
次章では、成長の前提として最も重要な、この自責思考の本質を整理する。
