本章では、第1章で提示した経営脳の5レイヤーのうち、第3層に位置する「Layer3:メンタル」について整理を行う。
以下、経営者が自らの精神のコンディションを良好に保つ実務的意義と、その最適化の方向性を示す。
1節:本章の対象範囲
メンタルはデリケートなテーマである。
本論に入る前に、本章で扱う範囲を明確にしておく。
本章は、日常的な精神状態の自己管理を対象としている。
深刻な不安、抑うつ、不眠などが継続している場合や、日常生活に支障をきたしている場合は、本章の対象範囲を超えている。
その場合は、医療機関や専門家への相談を優先していただきたい。
本章は、医学的な診断や治療を目的とするものではない。
2節:メンタルの定義と特性
メンタルは、経営者の考動を支える精神的基盤である。
精神状態は、経営者の考動の質と持続性を直接的に左右する。
このため、メンタルの良否は成功の確率に即時的な影響を及ぼす。
メンタル管理には、次の3つの視点が必要である。
- 客観認知視点:自らの精神状態を客観的に把握する視点
- 習性認知視点:感情や反応のクセを認識し、再現パターンを理解する視点
- 自己操作視点:意図的に望ましい精神状態を創り出すための視点
これらは、自らの感情や気分を「受け入れるもの」ではなく、「自ら制御するもの」として捉える主体的視点である。
3節:経営脳における位置づけ
経営脳において、メンタルはLayer3に位置し、次の3つの構造的特徴を持つ。
(1)基盤依存性
メンタル管理の目的と方向は、Layer1:マインドセットとLayer2:フィジカルの最適化を前提とする。
経営の原理原則を実現するための精神のコンディション管理であるとの目的認識が大前提となる。
メンタルが整った経営者は、精神管理は経営責任であると心得ている。
もし、メンタルに課題があれば、精神管理の目的は経営とは切り離され、単なる精神安定論となる。
(2)支援性
メンタルは、スキル・センスといった上位レイヤーの保有能力を発揮能力に変換する機能を持つ。
精神が高揚状態であるとき、時に自覚的保有能力を超えた成果を得ることもある。
反対に、精神状態が不調であると、スキルやセンスが充分に発揮されず、期待成果が得られないことが多い。
(3)相互影響性
経営脳の他のレイヤーと同様、メンタルも相互作用する。
精神状態が良好であれば、マインドセットの正しさは保護され、フィジカルも良好となり、保有スキルは充分発揮され、センスも鋭敏化する。
逆に、精神の不調は他のレイヤーのパフォーマンスを一斉に低下させる。
4節:組織への影響
第2部で示したように、オーナー型中小企業においては、経営者と3Gの距離が近い構造を持つ。
この構造的特性により、経営者のメンタルは、良否に関わりなく直接的に組織に影響を及ぼす。
経営者は、自らの影響の大きさを自覚する必要がある。
(1)組織パフォーマンスへの即時反映
経営者のメンタルは、発言・表情・態度などを通じて周囲に伝わる。
健全なメンタルは信頼と安心の基盤となり、組織のパフォーマンスを活性化させる。
反対に、組織のトップリーダーである経営者の精神の乱れや不安定さは、不安と疑念を生み負の感情の温床となる。
(2)標準値への影響
物理的・心理的距離が近いため、経営者のメンタル管理の習慣は、従業員に観察学習され、無意識の模倣対象となる。
その結果、経営者の精神のコンディション水準が、組織の標準値として共有され、定着しやすい。
いわゆる「普通の状態」は組織によって差があるが、その最も大きな要因は、その組織のリーダーのメンタル水準である。
(3)一貫性の即時可視化
経営者と3Gとの距離が近いため、メンタルの良否や、その安定性は即座に可視化される。
表面的な取り繕いは通用せず、良好なメンタルを維持することが求められる。
(4)自責力の伝播
経営者が自らの精神を自責で管理し、健全な状態を維持する姿勢は、組織の自己管理意識を強化する。
その結果、各人が自らの精神管理を自分事として捉える企業文化が醸成される。
5節:外部環境との相互作用
経営者のメンタルは、組織内部だけでなく、外部環境との関係においても重要な機能を持つ。
経営者の周囲には、同様のメンタルを持つ取引先や協力者が集まりやすい。
経営者の感情特性が、外部環境を選択するフィルターとして機能する。
特に、常に安定したメンタルは、外部ステークホルダーとの長期的信頼関係を構築しやすく、この信頼は事業継続の安定性を支える。
ただし、メンタル不調を支えあう環境であれば、相互依存心が高まり、自己制御能力を低下させることになるので、注意が必要である。
6節:危機対応力
困難な状況に直面した際、自己制御能力を保ったメンタルは、危機対応力を高める。
メンタルの主導権を自己が握っているため、無用な心配や不安に遮られることなく、迅速かつ的確な考動を可能にする。
経営者の良好なメンタルは、危機対応において次の3つの機能を発揮する。
- 思考停止の回避機能
精神的な安定性は、危機下で生じやすい恐怖や不安による認知の歪みや思考のフリーズを防ぐ。 - 持久力と回復力機能
困難な状況が長期化しても持続的に考動し、失敗やストレスからの回復も早期化する。 - 感情伝播の制御機能
経営者の安定した精神状態は、組織に冷静さと安心感を与え、ネガティブな感情の連鎖を防ぐ。
7節:メンタルの8要素
経営の原理原則を実現するためのメンタル管理において、特に影響力が大きいと考えられる8つの要素を提示する。
- 勇気:恐怖や不安を抱えながらも、必要な考動に踏み出す力
- 自信:根拠に基づいた自己評価による推進力
- 冷静:感情に支配されず、平静を保ち続ける安定性
- 集中:考動の焦点を明確にし、没頭する力
- 余裕:心理的空間を確保し、複雑な状況下で柔軟に考動する力
- 楽観:望ましい結果を信じ、必要以上の不安から自らを解放する力
- 感謝:他者の貢献を認識し、良好な関係を強化する力
- ストレス:心理的刺激への対応力。良い刺激を成長に転換し、悪い刺激を遮断する能力
これら8要素は選択ではなく、可能な限り網羅的に整えることで効果が得られる。
また、その相互作用には、機能が高まる正の作用と、崩れていく負の作用の両面がある。
- 正の作用:各要素が他を促進し、全体を強化する
- 負の作用:一要素の課題が他に波及し、全体の不安定化を招く
これら8要素の詳細については、第8章で考察する。
8節:まとめ
本章では、経営脳の第3層に位置するLayer3:メンタルを整理した。
- メンタルとは、経営者の考動を支える精神的基盤である。
- メンタルは、勇気・自信・冷静・集中・余裕・楽観・感謝・ストレス管理の8要素で構成される。これらは可能な限り網羅的に整えることで効果が得られる。
- 各要素は相互に作用し、正の作用で全体が強化され、負の作用で全体の不安定化を招く。
- 精神状態は、経営者の考動の質と持続性を直接的に左右し、成功確率に即時的な影響を及ぼす。
- メンタル管理には、客観認知・習性認知・自己操作という3つの視点が必要である。これらは、感情や気分を「受け入れるもの」ではなく「自ら制御するもの」として捉える主体的視点である。
- メンタルの目的と方向は、Layer1:マインドセットとLayer2:フィジカルの最適化を前提とする。
- メンタルは、スキル・センスといった上位レイヤーの保有能力を発揮能力に変換する機能を持つ。
- 中小企業では、経営者のメンタルが組織文化の形成、成功確率の決定、外部との信頼構築など、経営のあらゆる側面に決定的な影響を及ぼす。これらの影響は、メンタルの良否に関わりなく同様に現れる。
次章では、Layer4:スキルを考察する。
