本章では、第1章で提示した経営脳の5レイヤーのうち、最も基盤となる「Layer1:マインドセット」について整理する。
第1章では「考え方」として簡潔に定義したが、以下、中小企業経営における実務的意義と、その最適化の方向性を示す。
1節:マインドセットの定義と特性
マインドセットは、経営者の考動を制御する思考基盤である。
経営者の価値観や信念といった考え方は、思考・発言・行動に一貫して現れる。
マインドセットには次の4つの特性がある。
- 自然発生性:無意識の思考パターンとして機能する
- 一貫性:考動の判断軸そのものであり固定的である
- 包括性:経営のあらゆる領域に作用する
- 習慣性:意識的な判断軸も繰り返しにより無意識化していく
これらの特性により、経営者の考動に方向性と再現性がもたらされる。
このマインドセットを最適化する。
それは、経営の原理原則との「整合性」と「強度」の両面から高度化することを指す。
整合性とは、経営の原理原則である「関わる人々の持続的な幸福目的」を「正しい」とする考え方を指す。
また、強度とは、その考え方がどれだけ揺るがないかを示す。
つまり、「より正しく、より強く」という進化によって、経営の原理原則の実現可能性が高まるという構造である。
2節:経営脳における位置づけ
第1章で示したとおり、マインドセットは経営脳の最下層であり、他の4つのレイヤー(フィジカル・メンタル・スキル・センス)の基盤となる。
経営の原理原則に沿ってマインドセットを最適化すれば、他のレイヤーもその方向に沿って整いやすい。
反対に、マインドセットに課題があれば、次のような悪影響が発生しやすい。
- スキルの発揮が、関わる人々の幸福を阻害する
- リーダーとしての自覚を疑うような体調管理
- 周囲の人々に不快な思いをさせる喜怒哀楽の言動
これらの悪影響が連鎖すると、5つのレイヤー全体が誤作動し、経営脳を整える能力そのものが低下する悪循環に陥る。
3節:組織への影響
第2部で示したように、オーナー型中小企業においては、経営者と3Gの距離が近い構造を持つ。
この構造的特性により、経営者のマインドセットは、正否に関わりなく直接的に組織に影響を及ぼす。
経営者は、自らの影響の大きさを自覚する必要がある。
(1)結果への即時反映
経営者個人のマインドセットは、経営の結果に与える影響が相対的に大きい。
それは、経営者の考えや価値観によって組織統制が行われているためであり、これは構造的な必然といえる。
良い結果であれ、悪い結果であれ、その原因の根本には、経営者のマインドセットが色濃く反映される。
(2)組織文化の形成
経営者と従業員の物理的・心理的距離が近いため、従業員は経営者の考動を日常的に観察し、考動パターンを無意識に模倣する。
マインドセットは明示的な教育を介さずとも組織文化として浸透しやすい。
また、経営者のマインドセットと親和性の高い人材が集まりやすく、採用時の判断軸としても機能することで、組織全体の統一性がさらに強化される。
(3)一貫性の即時可視化
経営者と3Gとの距離が近いため、マインドセットの一貫性や誠実性は即座に可視化される。
表面的な取り繕いは通用せず、日々の考動を通じて正しさを維持することが求められる。
本音と建前の二面性は、求心力を失い、組織を崩壊させかねない。
(4)自立文化の醸成
正しいマインドセットに沿って常に考動する経営者の姿勢は、組織の自立文化を醸成する。
何事も能動的に、自ら考え、自ら行動しようとする自立型人材を育む基盤となる。
4節:外部環境との相互作用
経営者のマインドセットは、組織内部だけでなく、外部環境との関係においても重要な機能を持つ。
経営者の周囲には、同様のマインドセットを持つ取引先や協力者が集まりやすい。
経営者の考え方や価値観が、外部環境を選択するフィルターとして機能する。
特に、強度のあるマインドセットは、外部ステークホルダーとの長期的信頼関係を構築しやすく、この信頼は事業継続の安定性を支える。
ただし、誤ったマインドセットであっても、同様の現象が起きるため、思い込みなどのバイアスの原因となる、いわゆる「エコーチェンバー」が起きやすい。
5節:危機対応力
困難な状況に直面した際、明確かつ強固なマインドセットは、危機対応力を高める。
原理原則に沿った考動軸が確立されているため、思考停止や迷いを防ぎ、迅速かつ的確な考動を可能にする。
経営者の正しいマインドセットは、危機対応において次の2つの機能を発揮する。
(1)判断の高速化と一貫性の維持
情報が錯綜する緊急時においても、マインドセットが組織の行動規範として機能することで、判断を高速化し、行動の一貫性を保つ。
これにより、感情的な混乱を避け、最短距離で課題解決に向かうことができる。
(2)組織の結束と安定化
経営者のマインドセットが認知されていることで、従業員は混乱することなく、共通の判断軸に基づいて行動できる。
その結果、危機的な状況下においても結束し、不安やパニックの広がりを防ぐことができる。
6節:マインドセットの8要素
経営の原理原則に沿ったマインドセットを形成するうえで、特に影響が大きいと考えられる要素を8項目として提示する。
- 倫理観:善悪・正邪を判断する基準。経営判断における正しさの根幹。
- 使命感:経営目的である経営の原理原則を実現しようとする意思。
- 成長志向:自らの貢献度を高め、進化し続けようとする志向。
- 本質志向:現象に惑わされず、本質を見極めようとする志向。
- 学習志向:成長課題を解決し、貢献力を高めようとする志向。
- 素直志向:健全な人間関係と自己成長のために、素直に受け入れようとする志向。
- 柔軟志向:目的達成のために最適解を選択しようとする志向。
- 可能志向:可能性を前提に考動し、経験値を蓄積しようとする志向。
これらは、倫理観と7つの要素という構造で相互に作用しながら、全体を構成する。
使命感やその他の志向も、正しい倫理観による善悪・正邪の判断があって初めて「正しいマインドセット」を構成する。
また、その相互作用には、機能が高まる正の作用と、崩れていく負の作用の両面がある。
- 正の作用:各要素が他を促進し、全体が強化される
- 負の作用:一要素の欠損が他に波及し、全体が劣化する
これら8要素の詳細については、第7章で掘り下げる。
7節:まとめ
本章では、経営脳の最も基盤となるLayer1:マインドセットを整理した。
- マインドセットとは、経営者の考動を制御する思考基盤である。
- マインドセットの形成に特に影響すると考えられるのは、倫理観と7つの要素(使命感・成長志向・本質志向・学習志向・素直志向・柔軟志向・可能志向)である。
- 8つの要素は相互に作用し、正の循環で全体が強化され、負の連鎖で全体が劣化する。
- マインドセットは、自然発生性・一貫性・包括性・習慣性という4つの特性を持つ。
- 最適化とは、経営の原理原則との「整合性」と「強度」の両面から高度化することである。
- マインドセットは5レイヤーの最下層であり、他の4要素の基盤となる。
- マインドセットに課題があれば、5つのレイヤー全体が誤作動し、経営脳を整える能力そのものが低下する。
- 中小企業では、経営者のマインドセットが、その正否に関わりなく組織文化形成・危機対応・環境選択・信頼構築に直接的な影響を及ぼす。
次章では、Layer2:フィジカルを考察する。
