オーナー型中小企業では、経営者の考動が会社の成功確率を直接的に左右する。
第3部で示した経営の原理原則を実践するには、経営者自身の考動の質を高める必要がある。
関わる人々の持続的な幸福を実現するには、経営者が自らの経営能力を体系的に整え、常に最適な状態を保つことが不可欠である。
ここでいう最適な状態とは、経営の原理原則の実践における意識的考動を、無意識の習慣にまで昇華させることを意味する。
経営者の考動習慣を、経営の原理原則と整合させることによって3Gマネジメントの質を向上させ、成功確率を高めるという構造である。
本章では、この考動の質を決定づける経営者の総合的能力を経営脳と定義し、その最適化を実現するためのフレームワークを提示する。
1節:5レイヤー構造の設計思想
本論に入る前に、経営脳の5レイヤー構造の設計思想を前置きしておく。
以下で提示する経営脳の構造は、第1部第3章で述べたフレームワークの基本的な前提に基づいて設計されている。
特に、学術的な網羅性ではなく実務的有効性を最優先している。
例えば、経営者の経営能力は5のレイヤーに分類し、さらに各レイヤーを構成する要素を、それぞれ8つで統一している。
これは、認知的な負荷を軽減し、全体像を把握しやすくするためであり、これによって、記憶し、実践に移しやすくする効果を狙ったものである。
2節:経営脳の定義
経営脳とは、経営者の経営能力の総称である。
本稿では、その構造を次の5つのカテゴリーに分類した。

- マインドセット
- フィジカル
- メンタル
- スキル
- センス
これら5つのカテゴリーは、それぞれが相互に作用しながら、経営者の考動を決定づける。
これらを総称して「経営脳の5レイヤー」と呼ぶ。
レイヤー(階層)として捉えるのは、各要素が積み重なった基盤構造を成し、下層ほど影響力が強く、欠けた時の影響が多大だからである。
この階層構造を理解することで、最適化の対象と優先順位が整理される。
3節:経営脳を整えるための重要視点
経営者と会社の成長は表裏一体である。
必要なのは、「会社をどうするか」から「自分をどうするか」への視点転換である。
経営課題の発生原因のほとんどは、経営者の経営能力の不足にある。
災害による被害まで経営能力の不足なのかという議論があるが、当然ながら災害の発生と経営能力には何ら因果関係はない。
しかし、災害によるダメージの程度や、そこからの回復過程は、大いに経営能力が影響する。
本稿の目的は、経営成果の責任の所在を明らかにすることではない。
経営者の視点を経営脳の最適化に向け、その考動習慣化の構造を明らかにすることである。
そうであれば、他責を排し、経営成果のすべてを自責で捉えることが、合理的かつ効率的である。
自責とは、会社経営で生じるあらゆる事象の起点を常に自分の考動に置き、その結果を自らの責任として受け止めることである。
経営者が自責思考を持って、自分自身を正しく経営できれば、会社はおのずと経営の原理原則に沿った状態を持続する。
つまり、真のマネジメント対象は、会社ではなく「自分」に他ならない。
これは「経営脳の5レイヤー」のフレームワークを有効化する前提である。
4節:経営脳を整える効果
自責の視点を持つことによって、外部や他者に原因を求めることなく、自分の考動による成功の再現性と、失敗の再発防止を検証することができる。
自分を起点にすれば、いかなる事象も学習の機会となる。
この視点で継続的に行う5レイヤーの最適化プロセスは、成功確率の向上と並行して自己効力感を高める。
この自己効力感が、さらなる最適化への動機となり、整える能力を強化し続ける。
その結果得られる根拠ある自信は、経営者の持続的成長を支える確かな精神的な支えとなる。
この善循環は、経営者にとって経済的価値とは別の貴重な財産と言っても過言ではない。
5節:経営脳の構造と、それを整える能力の循環
経営脳は、経営者の考動の基盤となる5レイヤー構造であると同時に、構造を自ら整える能力によって維持・進化する。
構造と能力は上下関係ではなく、相互に作用しながら成長する循環関係にある。
経営者が各レイヤーの状態を客観的視点で自己評価し、課題を解決することで、経営脳は進化し、考動の質は高まる。
この考動の進化によって、整える能力がさらに高まり、新たな最適化のサイクルが進む。
この整える能力は、5レイヤーの進化に応じて現れる自己更新機能である。
5レイヤーに課題が多く、整える能力が低い段階においては、意識的な努力が必要となる。
しかし、各レイヤーが整うにつれ、徐々に質の高い考動が習慣化し、やがて自然な自己更新循環へと移行していく。
最適化は、努力的かつ意識的な過程から、最小限の意識による習慣的な自己管理へと進化する。
つまり、経営脳の最適化とは、自己更新の習慣化と言える。
また、この経営者の自己更新習慣は、会社の持続的成長として発現することとなり、その効果を客観的に確認することができる。
6節:経営脳の最適化が必要な理由
経営脳の最適化が必要な理由は、経営の原理原則を実践するためである。
事業の拡大・高度化に伴い、経営課題の量と難易度は必然的に上昇する。
会社の状態が経営者自身の経営能力を上回ると、その不均衡が課題として顕在化し、経営の体感難易度が高まる。
焦りや不安が増幅される根本原因は、経営脳の相対的未成熟にある。
つまり、経営脳が現状の経営課題に対応しきれていない状態である。
このギャップを埋め、より的確に経営課題を解決することは、経営脳を最適化することで可能である。
そのための有効な枠組みが、経営脳の5レイヤーである。
5レイヤーを整えることで、経営者はより多く、より高度な課題に対応できるように成長していく。
7節:経営脳の5レイヤー
経営脳を構成する5つのレイヤーの概要は次の通りである。
(1)Layer1:マインドセット
マインドセットとは考え方である。
本稿では、価値観・信念・物事の捉え方を総称して用いる。
5要素の中で最も基盤的な要素であり、他の要素(フィジカル/メンタル/スキル/センス)の方向性を左右する。
たとえばホワイト・ハッカーとブラック・ハッカーの違いは、技能ではなくマインドセットに起因する。
つまり、同等のスキルを持つ二人の経営者でも、マインドセットの違いによって、成果の方向性が変わるのである。
詳細は第2章で考察する。
(2)Layer2:フィジカル
フィジカルとは身体である。
体調・体力・活力は、考動の持続性と強度を決定づける。
経営実務を支える身体コンディションを維持するため、生活習慣・トレーニング・疾病予防などを計画的に管理する領域である。
詳細は第3章で考察する。
(3)Layer3:メンタル
メンタルとは精神である。
感情のコントロール・ストレス管理・精神的安定など、精神コンディションは考動の量と質を左右する。
定期的な自己内観により、感情の傾向を正しく認識し、課題を解決する領域である。
詳細は第4章で考察する。
(4)Layer4:スキル
スキルとは実務技術・技能である。
職種や役職に関わりなく共通する基礎スキルと、企業経営に必要となる経営実務スキルに大別する。
スキルは、マインドセットを現実化するためのレイヤーである。
詳細は第5章で考察する。
(5)Layer5:センス
センスとは感覚、特に差や違いを識別する感覚である。
同一条件・同一スキルであっても、アウトプットに差が生じる。
その差を生み出し、見極める能力がセンスである。
センスの高度化は、スキルの発揮精度を高め、成果の質を向上させる。
詳細は第6章で考察する。
8節:5レイヤーの相互作用
経営脳の良否は、5レイヤーそれぞれの最適化水準と、その全体バランスに表れる。
本フレームワークは、マインドセットを基盤として、フィジカル・メンタル・スキル・センスの4層が相互に影響し合う構造である。
各レイヤーは独立して存在するのではなく、連動しながら経営者の考動全体を制御する。
この相互作用には、基本形とフィードバックの二つの方向性がある。
(1)基本的な相互作用
基本形は、下層が上層の前提条件となる構造である。
マインドセットに課題があれば、全体が誤った方向に進む。
フィジカルが崩れれば、メンタル以上は充分に機能しない。
メンタルが不安定なら、スキルやセンスは十分に発揮できない。
スキルがなければ、センスは意味をなさない。
スキルとセンスが相互作用することで、質が高い成果が得られる。
下層ほど基盤として不可欠であり、欠けた時の影響は甚大である。
(2)相互フィードバック作用
一方、フィードバックは、上層の状態が下層に影響を与える作用である。
たとえば、スキル不足が原因で下層のメンタルを病み、そのまま、さらに下層のフィジカルも崩してしまうことがある。
逆に、メンタルが安定すればスキルの発揮の基盤となり、スキルが成功に結びつけばメンタルにも好影響がある。
また、フィジカルが健全であればマインドセットの強度が増し、強いマインドセットはフィジカルの維持向上を促す。
さらに、マインドセットは基盤でありつつ、他層の働きによる経験値を積み重ねていく。
このように、本フレームワークは、階層的構造を持ちながら、各レイヤーが双方向に影響し合う循環型の枠組みである。
したがって、経営脳を最適化するとは、5レイヤーを個別に強化するとともに、それらの相互作用による善循環を維持することである。
9節:まとめ
本章では、経営の原理原則を実践するための基盤として、経営者の総合能力を「経営脳」として整理した。
- 経営脳は、マインドセット・フィジカル・メンタル・スキル・センスの5つのレイヤーで構成される。
- 5レイヤーは、下層が上層の前提条件となる階層構造を持つと同時に、各レイヤーは双方向に影響し合う循環型の枠組みである。
- 経営脳の最適化とは、5レイヤーを個別に強化し、その相互作用による善循環を維持することである。
- このフレームワークを機能させる前提は、経営者の自責力である。自らを起点に学びを重ねることで、5レイヤーは進化し、その効果として整える能力が強化される。
- 整える能力の強化によって成功確率が高まり、それが自己効力感の向上を生み、さらなる最適化への動機となる。この善循環が、根拠ある自信を育て、経営者の持続的成長を支える思考の財産となる。
次章では、5レイヤーの基盤となるLayer1:マインドセットを詳しく考察する。
