何のために会社を経営するのか。
その答えは「関わる人々の持続的な幸福」のためである。
これが「経営の原理原則」である。
第1部で述べたように、本稿はこの価値観を軸にしている。
会社のためであれば、誰かに過剰な負担が偏ったり、犠牲になることは仕方がないという思考や価値観もある。
しかしそれは、本稿の「経営の原理原則」に照らせば「正しくない価値観」である。
第2部では、所有と経営が一致する中小企業においては、経営者の考動が会社の状態に直接的に影響する特性を整理した。
したがって、経営者の考動が「経営の原理原則」に沿っていると、会社は「関わる人々の持続的な幸福」のために機能する。
しかし、そうでない場合は、会社は「関わる人々の持続的な幸福」を奪う存在となる。
「原理原則」とは、物事の根本的な仕組みや、時代や分野を超えて変わらない普遍的価値観に基づく、最も基本的な法則を指す。
すなわち、「道理」や「筋」である。
本章では、企業の存在意義を明確化し、その考動軸として「関わる人々の持続的な幸福」を経営目的とする「経営の原理原則」について考察する。
1節:経営の原理原則の定義
会社に関わる人々の持続的な幸福を目的とすること。
本稿では、これが「経営の原理原則」であるとする立場である。
これは、中小企業に限らず、すべての企業に共通する「道理」である。
「企業は何のために存在するのか」という根源的な問いに対する答えでもある。
経営の「原理」とは、会社の存在目的である。
すなわち、会社は関わる人々の持続的な幸福を実現するための存在である、という普遍的な価値観である。
経営の「原則」とは、原理を実現し、存在を維持するための考動指針である。
つまり、「それを実現するために、経営者はどう考動すべきか?」の判断軸である。
この両者を合わせた「経営の原理原則」とは、「会社の存在目的を現実にするための考動軸」にほかならない。
本稿の立場で表現すれば、「関わる人々の持続的な幸福を実現するための経営者自身の考動の判断軸」となる。
この軸は、業種や規模、時代の変化を超えて機能する普遍的基準である。
経営手法や戦略は企業によって異なるが、それらの是非を測る基準がこの原理原則である。
さらに、企業理念や経営理念は、各企業がこの原理原則を自社の言葉で表現したものである。
理念は形を変えても、根底の原理原則は変わらない。
したがって、経営の原理原則とは理想論ではなく、成功の確率を高めるための合理的な考動基準であると言える。
第2部で提示した「確率マネジメント」は、経営を確率的に制御する「方法の視点」であった。
この原理原則は、その方法を導き、「確率を高める考動」の方向性を決定する「目的の視点」を与えるものである。
2節:原理原則の機能
経営の原理原則は、成功確率を高めるための、経営者および組織における考動の軸として機能する。
その機能は、主に次の4点に整理できる。
(1)考動判断における選択肢の単純化
考動判断を「幸福確率を上げるか否か」という一点に集約することで、迷いが減り、意思決定の速度と精度が高まる。
複雑な状況においても、経営の原理原則に照らせば選択肢を単純化できる。
考動の速度と精度が向上することで、経営者および組織の成長も加速する。
(2)組織の価値観統一
経営の原理原則は、組織全体に共通する考動基準となる。
理念・方針・日々の考動が同じ判断軸のもとに整合することで、組織の一体感が高まる。
その結果、個の能力が集団の能力に変換され、相乗効果として現れる。
(3)負の感情リスクの抑制
関わる人々の誰かに過剰な負担や犠牲が生じていると、時間の経過とともに不信・対立・離反といった負の感情が蓄積する。
これらの感情は、あるきっかけによって一気に顕在化し、経営に深刻なダメージを与えることがある。
原理原則に基づく考動は、この負の感情の発生を未然に防ぎ、リスクを最小限に抑える効果がある。
(4)手法の妥当性検証の基準
メソッドやノウハウといった経営のあらゆる手法は、経営の原理原則に照らして採用・運用されなければならない。
どれほど優れた手法であっても、目的との整合性を欠けば、想定外の結果をもたらす。
原理原則は、経営手段の適正性を判断するための基準として機能する。
3節:やむを得ない犠牲への対応
現実の経営において、関わる人々の過剰な負担や犠牲を完全に排除することは困難である。
特に経営資源に制約が多い中小企業においては、トレードオフが生じることが少なくない。
しかし、だからといってそれを当然視してはならない。
結果のみならず、犠牲を最小化し続けようとする姿勢も、経営の原理原則に沿った考動である。
「避けられない」「仕方がない」と判断した瞬間に思考は停止し、経営の原理原則から逸脱してしまう。
「結果が原理原則に沿っているか」だけではない。
影響を受ける人々の状況を正確に把握し、負担の軽減やフォローの可能性を具体的に検討し続けること。
つまり、理想の結果まで時間を要しても、そこに至るプロセスにおいて「原理原則に沿った考動」を持続することが重要なのである。
4節:理想論批判への応答
「関わる人々の持続的な幸福を目的とする経営」は、しばしば理想論だと批判される。
この批判の根底には、「会社の成長のためには、誰かの不幸は避けられない」という考えがある。
この考えは、本稿の原理原則に照らせば本末転倒である。
「人々が幸福になるために会社がある」のである。
会社を成長させることは、目的ではなく手段である。
関わる人々の持続的な幸福のための「会社は道具」である。
繰り返すが、犠牲や矛盾をゼロにすることは確かに困難である。
しかし、それを少しでも減らし、幸福の総量と持続性を高める方向へ考動を最適化する。
完全なる幸福の実現が困難な現実において、犠牲を最小化しようとする考動を求めているのが経営の原理原則である。
これは、よりマシな方法を選び続けるという現実的な考動を支える。
これは、決して理想論ではない。
経営者の考動によって、幸福確率を最大化するための軸となる実践的価値観である。
5節:まとめ
本章では、本稿の根幹となる「経営の原理原則」を定義し、その実践的機能を整理した。
- 経営の原理原則とは「関わる人々の持続的な幸福を目的とすること」である。
- 「原理」は会社の存在目的であり、「原則」は原理を実現し存在を維持するための考動指針である。
- 原理原則は、業種・規模・時代を超えて機能する普遍的基準であり、理想論ではなく成功確率を高めるための合理的な考動の判断基準である。
- 原理原則は4つの機能を持つ。考動における選択肢の単純化、組織の価値観統一、負の感情リスクの抑制、手法の妥当性検証の基準である。
- 現実には犠牲を完全に排除できないが、「避けられない」と思考停止するのではなく、犠牲を最小化し続けようとする姿勢が原理原則に沿った考動である。
- 会社は目的ではなく手段であり、人々の幸福のための道具である。
原理原則は、経営者が何を最優先すべきかを明確にし、よりマシな方法を選び続ける現実的判断の軸である。
ただ、これをより現実的な軸にするために、もう一つ解像度を高めておかなければならない概念がある。
「幸福とは何か」である。
次章では、持続的な幸福を実現するための構造とメカニズムを整理する。
