本稿で想定する中小企業は、所有と経営が一致したオーナー型企業である。
この構造のもとでは、経営者の考動の質が会社の成功確率を直接的に左右する。
意思決定権と責任は経営者個人に集中している。
したがって、中小企業を理解するには、法人格としての「企業」ではなく、「経営者個人」の考動のメカニズムを理解しなければならない。
本章では、この「所有と経営の一致」を起点に、中小企業の構造的特性を整理する。
1節:所有と経営の一致
オーナー型企業は、株式会社の形式であっても、実質は経営者の個人事業と言っても過言でない。
経営判断のすべては経営者個人の自由であり責任である。
社内においては、多数決による結果ですら覆すことができる権限を有している。
同時に、いかなる結果も、その責任を一人で引き受けなければならない。
これが「権限と責任の集中」の意味するところである。
「経営の自由」と「経営の責任」。
戒め的に言い換えると「責任が負える範囲で認められた自由」ということである。
この「自由」を最大限利用して、関わる人々の「幸福」を追求する。
これが「所有と経営の一致」という構造特性の中における「経営者」という職業なのである。
2節:意思決定における特性
オーナー企業経営者の意思決定の特性を整理する。
(1)個人依存性
株主や取締役会による制約がほとんどないため、経営者の価値観・倫理観・世界観、さらに個人的な人生観が経営方針に直接反映される。
経営者の考動様式は、そのまま組織の考動様式となって現れる。
民主的な合議を尊重する経営者が経営すれば、民主的な会社になる。
独裁的な考動を優先する経営者が経営すれば、独裁的な会社になる。
これは、正否でも、良否でも、善悪でもない。
「個人依存性」という特性である。
(2)自由のメリットとリスク
オーナー中小企業は、外部資本からの制約が少ない、あるいは、全くない。
そのため、経営者は、目的や目標の設定、さらには手段の設計に至るまで自由である。
この自由は創造性と独自性を最大化できるメリットである。
しかし、これは第三者の意見を遮断してしまうリスクでもある。
中小企業経営者の自由度は、迅速な考動を可能にする反面、誤判断のリスクを常に伴う。
(3)引退の方法と時期の責任
オーナー企業の経営者は、創業と同時に引退の責任を負う。
それは、社内外への悪影響を最小限に抑える責任である。
引退の選択肢は、廃業・承継・売却・株式公開の4つに大別される。
その方法と時期の決定は、経営者個人の判断に委ねられる。
この意思決定もまた、個人依存性の典型例である。
3節:組織形成における特性
組織形成においても経営者の影響が極めて高い。
(1)企業風土への影響
経営者の価値観や日常の考動は、自然発生的に企業風土を形成する。
その理由のひとつは、人材の採用から育成、動機付けに至るまで、経営者の直接的関与が強いためである。
もうひとつの理由は、経営者に対する信頼や共感が人材の定着率に大きく影響しているためである。
(2)組織設計と運用の影響
職務権限、業務フロー、管理体制など、チーム運営の仕組みの質は経営者の設計力と運用力に比例する。
組織を構造的に設計し、その意図する通りに稼働させることで、個の能力を集団の能力に変換することができる。
組織設計や運用に課題がある場合、戦略や戦術を実行する基盤が機能せず、期待する成果に結びつかない。
4節:実務における特性
実務の遂行においても、中小企業特有の制約がある。
(1)時間の制約
経営者自身が営業・生産・開発・財務・人事など、複数の実務を直接担うことが多い。
その結果、多くの時間を日常業務に費やすことになり、中長期戦略や仕組みの構築・改善に投じる時間が不足しやすい。
この制約によって、戦略的思考よりも即応的考動を優先させる傾向がある。
(2)資金調達の制約
資金調達は銀行融資に依存し、その多くが経営者個人の保証を伴う。
企業の債務とリスクは、経営者の私的資産・生活と構造的に結合しており、分離が困難である。
この「公私一体構造」により、経営判断の一つひとつが経営者自身の生活・幸福・将来に直結する。
(3)人材確保の制約
大企業と比較して、給与水準・福利厚生・キャリアパスにおいて見劣りすることが多い。
優秀な人材の確保は容易ではなく、採用・育成に投じられる資源も限定的である。
この制約により、限られた人材で最大の成果を生み出す組織設計と人材育成が不可欠となる。
(4)設備・資源の制約
資金や人材の制約により、最新設備への投資や大規模な設備更新は容易ではない。
限られた設備と資源で、いかに成果を最大化するかという工夫が常に求められる。
5節:「経営者論」への帰結
以上のように、オーナー型中小企業は、所有と経営の一致という構造を起点に、方針から実務まであらゆる領域が経営者に集中している。
ここで重要な視点転換がある。
中小企業を良くするための視点は「会社をどうするか」ではない。
「経営者をどうするか」である。
会社の本質は経営者個人そのものだからだ。
これは、経営者個人を変えても変わりにくい大きな企業に比べて、フットワークの良さという良き特性でもある。
本稿が「経営論」ではなく「経営者論」として展開するのは、この構造的必然に基づく。
6節:まとめ
本章では、中小企業の構造的特性を整理し、本稿が「経営者論」として展開する必然性を示した。
- オーナー型中小企業では、所有と経営の一致により、経営判断のすべてが経営者個人に集中している。
- 意思決定は経営者の価値観・倫理観に強く依存し、その自由度は創造性のメリットと誤判断のリスクを同時に伴う。
- 企業風土、組織設計、実務の質は、すべて経営者の考動様式に比例する。
- 時間や資金、人材など様々な制約の中での経営である。
- 中小企業を良くするための視点は「会社をどうするか」ではなく「経営者をどうするか」である。
この構造的特性から、中小企業の最適化は経営者自身の最適化に他ならない。
次章では、その最適化の具体的視点として「確率マネジメント」という概念を提示する。
