第5章では、スキルをLv1-前提スキル、Lv2-部品スキル、Lv3-複合スキルの3レベルに分類した。
また、Lv2-部品スキルは、基礎スキルと経営実務スキルに2分し、それぞれ主な要素として8つ示した。
本章で扱う基礎スキルは、このLv2-部品スキルの一部であり、Lv1-前提スキルとは区別される。
基礎スキルは、業種や職種に関わりなくすべてのビジネスパーソンが習得すべき共通のLv2-部品スキルを指す。
本章では、基礎スキルの中でも、特に重要とする8要素について、前提条件、個別の詳細定義、能力不足時の影響を明らかにする。
基礎スキルは経営実務スキルの基盤として機能し、その習得度が経営者としての考動の質を左右する。
1節:前提スキルを基盤とする基礎スキル
(1)第1レベル:Lv1-前提スキル
第1レベルのLv1-前提スキルは、すべてのスキルを習得・発揮するための基盤となる能力である。
具体的には以下が含まれる。
- 言語力:読む、書く、話す、聴く
- 計算力:四則演算と簡単な暗算
- IT力:メール、情報検索、資料作成などの基礎的な操作
- 時間力:時間管理、時間見積もり、中長期的な見渡し
- 記録力:情報や経験の整理と共有可能な形での記録
これらは特定のビジネススキルではなく、あらゆる学習と実務の前提となる能力である。
(2)基礎スキルとLv1-前提スキルの違い
Lv1-前提スキルと基礎スキルは、スキル構造における位置づけが異なる。
- 第1レベル:Lv1-前提スキル
すべてのスキルの基盤となる能力 - 第2レベル:Lv2-部品スキル
基礎スキル8要素と経営実務スキル8要素で構成される
基礎スキルは、第2レベルのLv2-部品スキルの一部である。
Lv1-前提スキルを整えることが、Lv2-部品スキルである基礎スキルを整える前提条件となる。
(3)基礎スキルは、Lv1-前提スキルを基盤とする
基礎スキルは、Lv1-前提スキルが整っているほど、より高度に機能する。
たとえば:
- 論理的思考力は、文章を正確に読解する力(言語力)が整っているほど、よりロジカルに思考できる
- コミュニケーション力は、相手の話を聴く力(言語力)が整っているほど、双方向の情報交換の質が向上する
- 計画達成力は、時間力が整っているほど、計画立案の精度が向上する
(4)Lv1-前提スキルに不足がある場合
基礎スキルの前に、Lv1-前提スキルに課題がある中小企業経営者を観察すると、以下のような状況が見られる。
言語力の不足
- 読む:文章を読むスピードが遅く、相対的に情報量が少ない
- 聴く:相手の話を正確に理解できず、誤解をしやすい
- 書く:文章を正確に書けず、指示や報告が曖昧になる
- 話す:発言が未整理で真意が伝わらず、冗長で要点が伝わらない
計算力の不足
- 基本的な数値計算に時間がかかる
- 数値より感覚的な表現、発信が多い
- 割合や比率の計算が苦手で、財務数値の意味を理解しにくい
- 目標や予算の精度が低い
IT力の不足
- メールやチャットを避けがち
- 文書作成や表計算の基本操作ができない
- 情報源が狭く限定されている
- ファイル管理が不十分で探している時間が多い
時間力の不足
- 時間の見積もりが不正確で、予定が頻繁にずれる
- 生産性や効率性をデータではなく感覚で評価する
- 中長期的な計画の立案が苦手
- ゴールに至るプロセス設計(スケジューリング)が曖昧
記録力の不足
- 記録を取る習慣が少なく、記憶に頼りがち
- 記録を取っても、後で見返したときに内容が不明確
- 個人的なメモにとどまり、他者と共有できる形式になっていない
- 情報が散在し、必要なときに探し出せない
これらの課題は、上位レベルにあたるLv2-部品スキル及びLv3-複合スキルの習得を大幅に制約する。
基礎スキルの習得や発揮が思うように進まない原因が、このLv1-前提スキルであることは少なくない。
Lv1-前提スキルに課題がある場合、基礎スキルに優先してその課題解決が必要である。
2節:基礎スキル8要素の詳細
基礎スキル8要素について、詳細な定義と能力不足時の影響を整理する。
(1)課題発見力
課題発見力とは、現実と理想の乖離を特定し言語化する力である。
「課題は何か」を正確に認識することは、すべての改善活動の起点となる。
フレームワークは「課題=あるべき姿-現状」である。
課題発見の起点は「あるべき姿」であり、その解像度が、課題の具体性に直結する。
課題発見力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「あるべき姿」の解像度が低く、目指すゴールがあいまい
- 「現状」の分析の精度が低い
- 「課題」を言語化せず、感覚や想像に頼るため、解決策が徒労に終わることが多い
- 当面の不都合を解消するだけの、対症療法が中心の企業風土となる
(2)計画達成力
計画達成力とは、設定した目的や目標の実現・達成確率を高める力である。
過剰な負担や犠牲に頼ることなく、論理的かつ現実的に計画し、それを着実に実行することで成功確率が高まる。
フレームワークは「計画達成力=正しい計画×正しい考動」である。
正しい計画とは、ゴール(明確な目標)、シナリオ(そこに至るプロセス)、キャスティング(その実行に関わる人たち)の3要素を合理的に設計したものである。
計画達成力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「正しい計画」のための3要素が明確でない
- 「正しい考動」が伴わず、計画倒れが常態化している
- 計画と考動の差異分析をしないので学習効果が乏しい
- 過剰な負担や犠牲を当然視する精神論が中心の企業風土となる
(3)管理力
管理力とは、不確実性を事前に想定し、制御設計する力である。
この先に起きることを想定し、チャンスを最大化し、リスクを最小化するために事前に考動することが成功確率を高める。
フレームワークは「管理力=事前想定×事前対処・準備」である。
事前想定とは、次に起きる現象を想定し、その経営に対する影響を試算・評価することを含む。
管理力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「事前想定」が不十分で、想定外の事態に無防備である
- 「事前対処・準備」が不十分で、相応のダメージを受ける
- チャンスを逃すことが多い
- 対症療法や事後対処が中心の企業風土となる
(4)仕組化力
仕組化力とは、属人化を排除し、チームパフォーマンスを最大化する方法を設計する力である。
特定の人材に依存せずとも、最も合理的で生産性の高い業務フローを作り、運用することが、事業の効率性と速度を高める。
フレームワークは「仕組化力=設計×運用」である。
特定の人に依存しないオープンな業務フローとその運用ルールを設計し、そのルールに従った運用をモニタリングすることまで含めて「仕組」である。
仕組化力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 仕組化を軽視し、業務が属人化したまま放置される
- 設計が甘く、生産性改善が進まない
- 運用管理が甘く、仕組みを作っても形骸化する、あるいは属人的に後戻りする
- 属人化やブラックボックス化に違和感を感じない企業風土となる
(5)コミュニケーション力
コミュニケーション力とは、相手と円滑に情報交換する力である。
必要な情報を、必要な相手と、必要なタイミングで受発信することで、コミュニケーションエラーを最小限にすることができる。
フレームワークは「コミュニケーション力=正確×適時×手段」である。
受発信する情報の正確性、その最適なタイミング、さらにその手段の適切性がコミュニケーションの質を決定付ける。
コミュニケーション力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「正確」さが不足し、誤解が頻発する
- 「タイミング」が不適切で、機会損失が生じる
- 「手段」が不適切で、無用なエラーを誘発する
- コミュニケーションエラーによる損失に鈍感な企業風土となる
(6)論理的思考力
論理的思考力とは、理詰めで因果関係を言語化する力である。
感覚や感情に流されず、客観的に物事の因果関係を矛盾なく思考することは、正しい状況判断に欠かせない。
フレームワークは「論理的思考力=インプット×構造化×アウトプット」である。
構造化とは、構成要素間の関係を整理・体系化し、因果関係を明確にすることである。
論理的思考力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「インプット」が不正確で、前提条件や事実関係を誤解したまま思考する
- 「構造化」ができず、原因と結果の説明に矛盾がある
- 「アウトプット」に、根拠の曖昧な憶測や思い込みが含まれ、誤った前提での考動を誘発する
- 事実確認や矛盾を放置したままの感情的議論が企業風土となる
(7)深広思考力
深広思考力とは、本質に迫るために深く広く思考する力である。
表面的な理解にとどまらず、多角的な視点から本質を見極めることは、的確な考動のみならず、競争優位創出のためにも不可欠である。
フレームワークは「深広思考力=深さ×広さ×柔軟性」である。
物事の原因を本質まで深め、それを異なる立場や視点まで広げる。
この柔軟な思考によって、固定概念や思い込みによる考動を回避できる。
深広思考力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「深さ」が不足し、現象を原因と思い込む
- 「広さ」が不足し、特定条件による成功例を、すべてに当てはまると誤認する
- 「柔軟性」が不足し、固定概念や思い込みに固執して誤りに気付かない
- 本質を見極められず、目の前の短期的な現象に一喜一憂する企業風土となる
(8)リーダー力
基礎スキルとしてのリーダー力は、役職や立場を指すものではない。
積極的な考動によって周囲を牽引する力である。
率先して適切な考動を起こすことで、周囲の考動は加速する。
フレームワークは「リーダー力=目的×共感×率先」である。
チームに目的を伝え、その共感によってメンバーの能力を束ねて成果まで牽引する。
リーダー力が不足していると、下記のような現象となって現れる。
- 「目的」の意識が薄く、リーダーシップを発揮する動機が弱い
- 「共感」を軽視し、威圧や強制による牽引をしてしまう
- 「率先」することなく、他者に依存することが多い
- 誰もリーダーシップを発揮しない企業風土となる
3節:基礎スキルから発現する複合スキル
第5章で示したように、Lv3-複合スキルはLv2-部品スキルの組み合わせによって発現する。
本節では、そのうち基礎スキルに焦点を絞って整理する。
(1)基礎スキルから発現するLv3-複合スキル
基礎スキルの組み合わせによって発現する主なLv3-複合スキルを例示する。
- 判断力=課題発見力+論理的思考力+深広思考力+管理力
- 決断力=計画達成力+リーダー力+管理力
- 問題解決力=課題発見力+論理的思考力+計画達成力+仕組化力
- 交渉力=課題発見力+コミュニケーション力+論理的思考力
- 調整力=コミュニケーション力+管理力+リーダー力
- 分析力=論理的思考力+深広思考力
- 説得力=コミュニケーション力+論理的思考力
- 対人関係力=コミュニケーション力+リーダー力
(2)組み合わせメカニズムの本質
Lv3-複合スキルが、Lv2-部品スキルの組み合わせによって発現する理由は、以下のメカニズムによる。
複合性
例えば、質の高い判断を下すためには、次のように複数の基礎スキルの組み合わせが必要である。
- 論理的な分析(論理的思考力)
- 本質の見極め(深広思考力)
- リスクの想定(管理力)
- 課題の発見(課題発見力)
相補性
例えば、次のように複数の基礎スキルが互いを補完し合ってLv3-複合スキルに変換される。
- 分析力:論理的思考力に深広思考力が加わることで、より広い視野での分析が可能になる。
- 実現力:計画達成力に管理力が加わることで、潜むリスクの事前対処や準備が計画に盛り込まれ実現確率が高まる。
創発性
例えば、統合により生まれる相乗効果により、新しい能力が生まれる。
- 問題解決力:課題発見から解決、定着に至る複数の基礎スキルが統合されることで、単なる分析や実行の総和を超え「新しい能力」として発現する。
(3)構造化の意義
以上のように、スキルはLv1-前提スキル、Lv2-部品スキル、Lv3-複合スキルに分類し、構造化することで、自己の成長課題が見えやすくなる。
例えば、Lv3-複合スキルに該当する判断力を高める場合、判断力そのものに視点を向けても、その訓練法が見当たらないことが多い。
しかし、それを構成する基礎スキルである、課題発見力、論理的思考力、深広思考力、管理力に要素分解することで、自己の弱点を特定しやすくなる。
さらに、構成要素が揃うほどに、複合性、相補性、創発性はその効果をより発揮する。
基礎スキルは、それぞれが独立した機能を持ちながらも、相互に関連し合ってLv3-複合スキルを発現させる。
4節:まとめ
本章では、基礎スキルの構造と機能を整理した。
- スキルは以下の3つのレベルで整理される。
- Lv1:前提スキル
- Lv2:部品スキル
- 基礎スキル8要素(本章)
- 経営実務スキル8要素(次章)
- Lv3:複合スキル
- 基礎スキルは、業種や職種に関わりなくすべてのビジネスパーソンが習得すべき共通スキルである。
- 基礎スキルは、Lv1-前提スキルを基盤として機能する。Lv1-前提スキルに課題がある場合は、基礎スキルに優先してその解決が必要である。
- 各基礎スキルは、フレームワークによって構造化され、能力不足時の影響が具体的に現れる。
- Lv3-複合スキルは、基礎スキルの組み合わせによって発現する。その発現メカニズムは、複合性・相補性・創発性によって説明される。
- スキルを構造化することで、自己の成長課題が特定しやすくなり、効果的な能力開発が可能になる。
次章では、経営実務スキルの構造を整理する。
