本章では、第1章で提示した経営脳の5レイヤーのうち、最上層に位置する「Layer5:センス」について整理を行う。
以下、センスの階層構造、経営脳における位置づけ、中小企業経営における特性を明らかにする。
1節:センスの定義と特性
センスとは、差を感じ取り、価値創造の起点となる感覚である。
経営におけるセンスは芸術的な感性ではなく、価値の差を捉え、それを成果に変換する実務的な能力である。
経営者のセンスは、次の3段階で機能する。
- 感知:複数対象の差や違いを察知する
- 判断:感知した差や違いを評価し、良否を見極める
- 要件化:差をスキルで変換するための要件として具体化する
この3段階がセンスの領域である。
要件として具体化された「差」がスキルに引き渡され「実装・実現」が試される。
2節:経営脳における位置づけ
センスは、経営脳のLayer5に位置するが、他の要素との相互関係は次のとおりである。
(1)基盤依存性
経営者がセンスを充分発揮するには、下層の4レイヤーが最適化されていることを前提とする。
マインドセットが正しく整い、フィジカル・メンタルの状態が健全でなければ、そもそも「センスを発揮して差別化しよう」というモチベーションは生まれない。
また、スキルに課題があれば、センスを発揮しようとしても、期待通りの変換ができずに空回りしてしまう。
つまり、センスは下層4レイヤーを前提としてその機能を発揮することができる。
(2)支援機能
センスは、他の4レイヤーの支援機能として作用する。
センスの向上は、考え方の質や心身管理の手法を高める。
特にスキルとの関係においては、より効果的な発揮方法をスキルに指示・支援する機能である。
センスが高度化すると、それに伴いスキルの質も高度化が進む。
反対に、センスに課題がある場合は、いずれのレイヤーについても、その質を低下させてしまうことがある。
つまり、センスは経営脳全体の質を高めるための刺激機能といえる。
3節:組織への影響
第2部で示したように、オーナー型中小企業においては、経営者と3Gの距離が近い構造を持つ。
この構造的特性により、経営者のセンスは、良否に関わりなく直接的に組織に影響を及ぼす。
経営者は、自らの影響の大きさを自覚する必要がある。
(1)結果への即時反映
経営者のセンスの優劣は、経営の結果に与える影響が相対的に大きい。
センスの良さは、経営のあらゆる面において競争優位性の源泉となる。
センスに課題があると、凡庸さを通り越し、逆効果となることさえある。
(2)模倣学習による浸透
物理的・心理的距離が近いため、経営者が持つセンスや、そのための学習姿勢は、組織全体の能力開発や考動レベルに直接的に伝播する。
経営者自身のセンス向上への取り組みが、組織の学習文化を決定づける。
その結果、経営者のセンス水準が、組織にとっての標準値となる。
(3)自責力の伝播
経営者が自身のセンスを自らの責任として受け入れ、継続的な向上に取り組む姿勢は、組織全体の自己能力開発意識を強化する。
その結果、他責ではなく自己のセンス向上に責任を持つ企業文化を醸成する。
4節:外部環境との相互作用
経営者のセンスは、組織内部だけでなく、外部環境との関係においても重要な機能を持つ。
高いセンスを持つ経営者は、同様水準のセンスを持つ取引先や協力者との関係を構築しやすい。
また、それは持続的な信頼関係という無形の経営資源を形成する。
逆に、センスに課題がある経営者は、同様の課題を持つ取引先や協力者が集まりやすい。
これは、低レベルでの比較対象となることが多く、自己のセンスの客観的評価を誤ることになる。
5節:センスの8要素
センスは、複数の感覚要素が重なり合って形成される複合的な能力である。
その主要構成要素として、次の8つを提示する。
- 好奇心:差や違いに対して積極的に興味や関心を向ける力
- 移入力:他者の好き嫌いの評価軸を正確に感じ取る力
- 観察力:対象の実態や変化を客観的かつ解像度高く捉える力
- 緻密力:対象の細部にまでこだわり、構造を読み取る力
- 比較力:複数の対象を比較し、その違いを具体的に抽出する力
- 発想力:新しいアイデアや独自の視点を生み出す力
- 構成力:感知した複数の差や違いを組合せて、より高い価値に変換する力
- 執着力:安易な妥協をせず、求めている解に至る力
これらの8要素は相互に強化し合い、同時多発的に作用しながら「感知→判断→要件化」の過程を支える。
また、その相互作用には、機能が高まる正の作用と、崩れていく負の作用の両面がある。
- 正の作用:各要素が他を促進し、センス全体が高度化する
- 負の作用:一要素の課題が他に波及し、センス全体の感度を低下させる
これら8要素の詳細については、第11章で考察する。
6節:まとめ
本章では、経営脳の最上層に位置するLayer5:センスを整理した。
- センスとは、差を感じ取り、価値創造の起点となる感覚である。
- 経営におけるセンスは、価値の差を捉え、成功確率を高める形に変換する実務的な能力である。
- センスは、感知・判断・要件化の三段階で機能する。
- センスに特に影響すると思われる要素は、好奇心・移入力・観察力・緻密力・比較力・発想力・構成力・執着力の8つである。
- 8要素は相互に強化し合い、同時多発的に作用する。
- センスを充分発揮するには、下層の4レイヤーが最適化されていることを前提とする。
- センスは、スキルをより有効な成果に変換する機能を提供し、スキルの発揮効果を最大化する。
- センスは、最適化された状態だけでなく、その習得過程においても他の4レイヤーの質を向上させる。
- センスは経営脳全体を循環的に活性化させる刺激機能でもある。
- 中小企業では、経営者のセンスが考動の成果に即時反映され、競争優位性として顕在化する。
- 経営者のセンス向上への取り組みが、模倣学習・標準設定・自責文化を通じて組織全体に伝播する。
- センスは外部環境との関係において、環境選択効果と信頼関係構築効果をもたらす。
- 正の作用でセンス全体が高度化し、負の作用でセンス全体の感度が低下する。
次章では、マインドセットの8要素について詳しく考察する。
