本章では、第1章で提示した経営脳の5レイヤーのうち、第4層に位置する「Layer4:スキル」について整理を行う。
以下、スキルの階層構造、経営脳における位置づけ、中小企業経営における特性を明らかにする。
1節:スキルの定義と特性
スキルは、経営者の考動を成果に変換する実務技術・技能であり、「実現能力」として機能する。
マインドセット、フィジカル、メンタルが最適化されていても、それを具体的な成果に結びつける実現能力がなければ、経営者の考動は期待する結果を得られない。
スキルは、経営者の考動が実際の経営成果として結実するための変換機能である。
2節:スキルの3段階レベル
スキルは、その性質と機能によって以下の3つのレベルに分類される。
(1)第1レベル(以下、Lv1):前提スキル
Lv1-前提スキルは、すべてのスキルを習得・発揮するための基盤となる能力である。
言語力(読む・書く・話す・聴く)、計算力などが含まれる。
Lv1-前提スキルの欠如は、他のすべてのスキルの習得・発揮を阻害する。
訓練の焦点はLv2-部品スキルにあるが、Lv1-前提スキルに課題がある場合は、優先的に改善する必要がある。
(2)第2レベル(以下、Lv2):部品スキル
Lv2-部品スキルは、直接的に訓練・習得対象となる実務技術・技能である。
Lv1-前提スキルを基盤として、実務的な考動を可能にする。
このLv2-部品スキルは、さらに以下の2つに分類される。
- 基礎スキル:業種や職種、役職に関わりなくすべてのビジネスパーソンに必修のスキル。
- 実務スキル:それぞれの職種において必要となるスキル。経営者であれば、経営実務スキルがこれに該当。
Lv2-部品スキルは、明確な訓練方法が存在し、その習得度は成果評価として測定可能である。
下記7節では、特に重要となるLv2-部品スキルの16要素を提示する。
(3)第3レベル(以下、Lv3):複合スキル
Lv3-複合スキルは、Lv2-部品スキルの組み合わせによって発現する統合的能力である。
これらは直接的に訓練できるスキルではなく、Lv2-部品スキルの統合的実践を通じて向上する。
経営実務の文脈でしばしば登場する、判断力、決断力、問題解決力、ビジョン構築力、組織統率力、変革推進力などが該当する。
(4)レベル構造の意義
この3レベル構造により、訓練の焦点が明確になる。
Lv3-複合スキルを直接訓練することはできない。
Lv2-部品スキルを訓練することで、結果として向上する。
ただし、Lv1-前提スキルに課題があれば、それが最優先である。
3節:経営脳における位置づけ
経営脳において、スキルはLayer4に位置し、次の3つの構造的特徴を持つ。
(1)基盤依存性
経営者がスキルを充分発揮するには、Layer1:マインドセット、Layer2:フィジカル、Layer3:メンタルの3つのレイヤーが最適化されていることを前提とする。
考え方が正しく整い、身体と精神の状態が健全でなければ、Lv2-部品スキルは充分に機能せず、Lv3-複合スキルは発現しない。
(2)支援性
スキルは、Layer5:センスが感知した「差や違い」を具体的な成果に変換する機能を提供する。
実現能力としてのスキルの最適化は、センスの成果創出効果を最大化する上で決定的な意味を持つ。
スキルに課題がある場合、センスが感知した成果創出の機会を具現化することができない。
(3)相互影響性
経営脳の他のレイヤーと同様、スキルも相互作用する。
スキルは、最適化された状態だけではなく、その習得過程においても、マインドセットやメンタルの強化、センスの鋭敏化といった他のレイヤーのパフォーマンスも向上させる。
また反対に、スキルの課題は、自信喪失や無力感を誘発しやすく、それがフィジカルも含め他の4つのレイヤーに悪影響を及ぼすことがある。
4節:組織への影響
第2部で示したように、オーナー型中小企業においては、経営者と3Gの距離が近い構造を持つ。
この構造的特性により、経営者のスキルは、良否に関わりなく直接的に組織に影響を及ぼす。
経営者は、自らの影響の大きさを自覚する必要がある。
(1)成果への即時反映
経営者のスキルの優劣は、成果に直接影響を与える。
特に、中小企業においては、経営者個人の特定のスキルによって創業されることが多く、その後も事業拡大の源泉となる。
ただし、Lv1-前提スキルや、Lv2-部品スキルの課題がその強みを上回ると、Lv3-複合スキルの低下を招き、様々な経営課題となって顕在化する。
(2)模倣学習による標準値への影響
物理的・心理的距離が近いため、経営者が持つスキルや、そのための学習姿勢は、組織全体の能力開発や考動レベルに直接的に伝播する。
経営者自身のスキル向上への取り組みが、組織の学習文化を決定づける。
その結果、経営者のスキル水準が、組織にとっての標準値となる。
(3)自責の企業文化醸成
経営者が自身のスキルを自らの責任として受け入れ、継続的な向上に取り組む姿勢は、組織全体の自己能力開発意識を強化する。
その結果、他責ではなく自己のスキル向上に責任を持つ企業文化を醸成する。
5節:外部環境との相互作用
経営者のスキルは、組織内部だけでなく、外部環境との関係においても重要な機能を持つ。
高いスキルを持つ経営者は、同様水準のスキルを持つ取引先や協力者との関係を構築しやすい。
経営者のスキルレベルが、外部環境を選択するフィルターとして機能する。
逆に、スキルに課題がある経営者は、同様の課題を持つ取引先や協力者が集まりやすい。
これは、相対的競争力が低い集団への同化につながりやすい。
6節:危機対応力
社内外の危機的状況において、経営者のスキルは、その対応の優劣となって現れる。
スキルが最適化されている経営者は、状況や課題を正確に把握し、適切な対応策を迅速に立案・実行できる。
この危機対応力は、企業の存続性を左右する重要なLv3-複合スキルでもある。
経営者のスキルは、危機対応において次の2つの機能を発揮する。
- 正確な状況把握と分析機能
情報が錯綜する中で、誤った情報や表面的な事象に惑わされることなく、根本原因や解決の優先度を正確に把握できる。 - 戦略的実行と応用機能
緊急状況という非定型な環境であっても、柔軟かつ迅速に対応できるため、危機の拡大を防ぐことができる。
7節:部品スキルの16要素
中小企業経営者が、特に優先して習得すべきLv2-部品スキルとして、16要素を抽出した。
これらの要素は、「基礎スキル群」と「経営実務スキル群」に分類される。
(1)基礎スキル群
基礎スキルは、業種や職種、役職に関わりなくすべてのビジネスパーソンにとって必修のスキルである。
以下の8要素で構成される。
- 課題発見力
- 計画達成力
- 管理力
- 仕組化力
- コミュニケーション力
- 論理的思考力
- 深広思考力
- リーダー力
(2)経営実務スキル群
経営実務スキルは、中小企業経営に必要となるスキルである。
以下の8要素で構成される。
- 先見力
- 理念創造力
- 戦略構想力
- 組成力
- 戦略実現力
- 伝達力
- 会計力
- 情報力
(3)16要素の相互作用
これらの16要素は相互に強化し合い、統合されることでさらに質の高いLv3-複合スキルとして現れる。
特に、基礎スキルの課題は、経営実務スキルの効果を大幅に制限する。
また、経営実務スキルの向上が基礎スキルの質的向上を促進し、考動の質を向上させる正の循環を形成する。
16の部品スキルが適切に習得・実践されることで、その相互作用が働き、様々な複合スキルとして発現する。
これら16要素の詳細な定義、構成技術、相互作用メカニズムについては、第9章および第10章で詳述する。
8節:まとめ
本章では、経営脳の第4層に位置するLayer4:スキルを整理した。
- スキルとは、経営者の考動を成果に変換する実務技術・技能であり、「実現能力」として機能する。
- スキルは、Lv1-前提スキル・Lv2-部品スキル・Lv3-複合スキルの3つのレベルで構成される。
- Lv2-部品スキルは、基礎スキル8要素と経営実務スキル8要素の計16要素で構成される。
- 16要素は相互に強化し合い、統合されることで質の高いLv3-複合スキルとして現れる。
- Lv1-前提スキルは、他のすべてのスキルを習得・発揮するための基盤である。
- Lv2-部品スキルは、直接的に訓練・習得対象となる実務技術・技能であり、基礎スキルと経営実務スキルに分類される。
- Lv3-複合スキルは、Lv2-部品スキルの組み合わせによって発現する統合的能力であり、直接訓練できない。
- 訓練・習得の焦点は常にLv2-部品スキルに置かれる。
- スキルを充分発揮するには、Layer1:マインドセット、Layer2:フィジカル、Layer3:メンタルの最適化を前提とする。
- スキルは、Layer5:センスが感知した「差や違い」を具体的な成果に変換する機能を提供する。
- スキルは、最適化された状態だけでなく、その習得過程においても他のレイヤーのパフォーマンスを向上させる。
- 中小企業では、経営者のスキルが考動の成果に即時反映され、組織への直接的伝播を通じて学習文化を形成する。
- 経営者のスキルは、外部環境との関係において環境選択効果と信頼関係構築効果をもたらす。
- 危機対応力は、企業の存続性を左右する重要なLv3-複合スキルである。
次章では、Layer5:センスを考察する。
